「恋愛適齢期」から考える、エピローグの始め方

年を取ってから見たい映画というのは、確実にある。
ナンシー・マイヤーズ監督の「恋愛適齢期」はその一本だ。

  • 老いてもチャーミングでユーモラスなジャック・ニコルソン
  • 老いてもまた美しく輝くダイアン・キートン
  • ひたすらクールでスマートなキアヌ・リーブス

の映画だ。

主演二人の演技がとにかく素晴らしい。五十四歳のダイアン・キートンが、見進めるたびに美しく見えてくるから不思議だ。

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4.5 | 自分らしく生きている時が、「恋愛適齢期」。ジャック・ニコルソン×ダイアン・キートン×キアヌ・リーブス。豪華キャストで贈る、大ヒットラブ・コメディ! Rating PG-12 (C) 1995 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved.

 Amazon レビューより抜粋

ジャック・ニコルソンとダイアン・キートンのかけあいの妙、そしてキアヌ・リーブスの美しさを楽しむ映画です。せりふ回しもウィットが効いていて面白いです。

J.ニコルソン、D.キートン、K.リーブスと豪華俳優陣を揃えながら、重厚な恋愛模様ではなく、洒脱な作品に仕上げている点が本作の持ち味だろう。特に、中高年の男女に対してはホロ苦いが勇気を与える笑い。

中高年齢の、不器用な恋模様を描いた秀作。出逢い最悪の二人がさまざまな出来事を通して徐々に、なくてはならない存在に変わっていくといった、定番的なストーリーですが、設定(ともに若い恋人的存在がある)やキャラクター、また劇中の台詞回しが、実に魅力的。

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「恋愛適齢期」の概要

物語の概要は極めてシンプルだ。二十代しか付き合わない、と心に決めているジャック・ニコルソン演じる中年の金持ちが、偶然若い彼女と言った別荘で、彼女の母親と出会ってしまい、そこで暮らすうちに彼女の方に心惹かれていく…というストーリーだ。

物語のメッセージ

作中ダイアン・キートンが「もうこんなことは起こらないと思っていた」というようなセリフを言う。

でも、それは起こるのだ。いつだって、物語は始まることを待っている。これはとても希望に満ちたセリフである。

美しいものが失われても、まだそこには美しいものが残っているのはずなのだ。

マイ・インターン

同じナンシー・マイヤーズ監督の「マイ・インターン」。

マイ・インターン(字幕版)

4.7 | 舞台はニューヨーク。華やかなファッション業界に身を置き、プライベートも充実しているジュールス。そんな彼女の部下に会社の福祉事業として、シニア・インターンのベンが雇われる。最初は40歳も年上のベンに何かとイラつくジュールスだが、やがて彼の心のこもった仕事ぶりと的確な助言を頼りにするようになる。そんな時、ジュールスは仕事とプライベートの両方で思わぬ危機を迎え、大きな選択を迫られる──。※本編終了後特典映像あり Rating G (C) 2015 Warner Bros. Entertainment Inc. and Ratpac-Dune Entertainment LLC. All rights reserved.

誰かが言った。「人生にはプロローグとエピローグしかないんだ」と。我々の人生には決して「本編」は訪れない。

アン・ハサウェイとロバート・デニーロの、マイ・インターンはそういう映画だ。

物語の概要

定年退職して妻に先立たれたロバート・デニーロ演じる老年男性は、たまたま街で見かけた「シニア・インターンプログラム」に応募し、アン・ハサウェイ演じる若手起業家のインターンとして働くこととなる。しかし、会社は問題山積で、新しいCEOを迎え入れるかどうか悩んでいて…。

物語のメッセージ

ロバート・デニーロは、かつて成功したビジネスマンであったが、既に「終わった」人間だ。ビジネスマンとして作中彼が活躍するシーンは一つもない。

それでも、彼は全く意に介さない。飼いならされた猫のように従順にアン・ハサウェイに付き従し、礼儀正しくハンカチを手渡す。ベットでバスローブを着て二人で映画を見ても、もちろん手すら握らない。

これを「あまりにも理想化された中年男性」と呼ぶ声がある。十分わかる。

しかし、それでも、やはりそれは美しいエピローグである。それは一つの完成された結末であり、正しいことが起こっているのだ。

これが、下手にデ・ニーロが、かつての仕事仲間に取り次いだり、上からアドバイスをしたりしていたら、きっとこの映画の軸はぶれたものになっていただろう。そして、多くの映画監督ならそういう手法を取っていたように思う。

別の側面から言えば、若く成功したように見える起業家で、美しい子供がいて、優しい夫が居るアン・ハサウェイに対しても、「それはただのプロローグなんだ」と語りかけている。

そう、これは人生の本編を生きているアン・ハサウェイと、その後のまた一つの違う物語を生きているロバート・デニーロの映画なのだ。

ナンシー・マイヤーズ

彼女の作品には一貫して「終わりなんてないんだ」というメッセージがある。

ハッピーエンドにも後日談があるし、後日談の先にはまた新しいスタートがあったりする。どこかでそれは暗い終わりを迎えて、そのトンネルの向こうにはさらに新しいスタートラインがあったりする。

しかし、それは一度「降りる」事が必要なのだ。ジャック・ニコルソンでいえば、若い女性を追いかけ回すのをやめ、ロバート・デニーロで言えば、成功したビジネスマンとしての自分を捨てなくてはいけなかった。

この世は素晴らしい。戦う価値がある

こう言っていたヘミングウェイは、最後にショットガンで頭を撃ち抜いて人生に幕を下ろした。
彼のエピローグは、美しくも悲しいものだった。

ノーベル文学賞を取り、アメリカ現代文学の燦然たる旗手として数多くの作品を残したヘミングウェイの頑強な肉体と堅牢な精神はすでに過去のものになっていた。

彼はきっと、ヘミングウェイであることを止められなかったのだろう。美しきエピローグが成立するためには、やはり一つの物語を終える必要があるのではないか。重く背負っていたものを降ろして、また新しい旅に出る必要が。
そういうふうにすれば、物語は続くのだ。ゴールテープの向こう側に、また新しいスタートラインがあるように。

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