虹色の帽子の彼

2005年、イギリス。そこで僕は、虹色の帽子を被った、1つ年下の男の子と出会ったから、その時15歳だったろうか。とても物静かな男の子だったことを覚えている。

初めて話をした時、彼は「自分はイランの兵士だった」と語った。「アメリカに行きたいのだけど、まずイギリスの親戚を頼ってきた。でも、何年後にアメリカに行けるかはわからない」と。

何か声を掛けたかったけど、結局何を話していいかはよくわからなかった。

戦時においては、大抵のことは「それは戦争だから仕方がない」ということで片付けられてしまう。殺戮も略奪も強姦も、時に原爆も。

彼はそういう世界から来てしまったのだ。そして、彼はそういう世界から、イギリスの片田舎に来て、戸惑っているように思った。

ほとんどの人は、仕事をしている時にいちいち「これは本当に社会にとって正しいことなのか?」ということを考えない。もしそんな人がいたら、その人はただ無能と呼ばれる。

組織やシステムはとても強く、個人はとても弱い。同時に、個人だけが持ちうる力もある。それは誠実さではないか、と思う。

組織は誠実には成り得ない。組織は目的を達成するための装置であり、誠実さとは目的を前にして立ち止まる力である。

彼はきっと誠実だったんだろう、と思った。

誠実であれば悩むし、誠実であれば立ち止まる。そして苦しむ。悩み立ち止まる力が、例え現実的には力にならないとしても。

僕もたくさんのことを悩み、立ち止まる。あるいはその回数は人より多いかもしれない。それがなければ少しばかり人生は楽になっていたかもしれない。それは無駄なもの、システムに不要なものかもしれない。

彼も僕も、そういう意味では、世界からはじき出されてしまった者同士なのだ。はぐれものが、何の関係もない憂鬱な空の下で、出会ってしまったのだ。

だから、僕と彼の間には、言葉はなくても何かしら自然に分かり合える物があったように思う。その後も何度か言葉をかわしたけど、お互い自然に一緒にいることが出来た。

彼の国にほど近いサウジアラビアの金持ちの息子は、豪勢な暮らしをしていて、彼はいかにも質素だった。生きるために英語を学んでいた。そして、僕もそれは同じだった。生きるために英語が必要だったのだ。

2005年、イギリス。虹色の帽子の彼も、きっと悩み立ち止まり、そして異国の大地を踏んだのだろう、とあの時ふと思った。

敵から逃げたのかもしれない。敵を殺してきたのかもしれない。あるいは、家族を見捨てたのかもしれない。でもきっと、とてもむずかしい決断をしたんだ。

だから僕は、その時何も聞かないで、イギリスの憂鬱な天気とまずい飯の話をした。僕は昨日映画で見た「ロッキー・ザ・ファイナル」の話をした。

彼はロッキーを知らなかった。彼の人生に映画なんてなかったのだ。ロッキーのテーマがならない、イランからの大脱走。それはなかなかに悲壮感のあるサイレント映画だ。 それで僕らの会話は終わりを告げた。

そうして僕は日本に帰り、二度と会うことはなかった。

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