子供の頃から、少しだけ世界は生きづらかった。

それは抽象的な話ではなく、実際にそうだった。忘れ物ばかりだし、とりとめのないことを考えてばかりいるし、人の話を聞いていても「聞いてないでしょ」と言われるし。おかげで人生はずいぶん険しい物になった。中学も高校もまともに行けず、ずいぶん大変だったし迷惑もかけた。

それはどうやら、先天的なものであるらしい、と気づいたのは最近の事だった。ADHD(注意欠陥多動性障害)というものがあり、私はどうやらこの特徴にかなり当てはまっている。物を片付けるのが大変苦手で、会社にいる頃はだいぶデスクがごちゃごちゃしていたし、朝も極端に苦手だし、基本的に計画を立てて行動することは人生で一度もなかった。

後、数学も殆どできない。数学ができないのに分析とかやってたのだから不思議だけど。あと、ご承知の通り人生設計はほぼ無いに等しい。

(とはいえ、これはセルフ診断なのでご留意いただきたい)

ADHD とは

さて、大きく分けると、ADHDには 3 つの特徴がある。

  1. 注意の持続困難 : 集中し続けることが難しい。すぐに他に気がそれてしまうので、ひとつのことをやり遂げるのが難しい
  2. 多動性 : じっとしていられない。疲れるほど活動してしまう
  3. 衝動性 : 思いつきやその場の感情でぱっと動いてしまう。計画を立てることが苦手

興味を持たれた方は適当に検索してセルフチェックをしてみることをおすすめする。ちなみに成人では人口の3〜7%程度いるらしい。

いわゆる天才型であるサヴァン症候群と違い、特殊な能力が生まれるわけではない。実際のところ定型発達者と比べると学歴や収入などが低いというデータもある。

おどろくべきことに、ADSDやアスペルガーなどの人が就職できる割合は25%という説もある。ちなみに、偉人の中ではベートーヴェンやモーツァルト、ピカソなどの芸術家やリンカーン、チャーチルなどがいると言われている。

ところで、これを知った時に僕はとてもやるせない気持ちになった。それは、他の人にとっては世界はどうやらもっと生きやすいものであるようだ、ということだ。

普通の人は努力しなくても物をなくさないし、話を聞きながら全神経を集中させなくてもいい。頑張らなくても普通に寝て普通に起きられる。これは僕にとってはかなりの衝撃だった。そもそも普通の人は次の仕事を決めずに会社をやめたりもしないらしい…。あたりまえといえばあたりまえだけど。

エジソンと僕

僕は自分自身として二十数年生きてきて、それなりに自分のやってきたことには満足している。それでも、僕がやってきた「普通に」生きていくための努力の数々は、多分ほとんど理解されないだろう。
人より考えすぎてしまうのが僕ら。人の10倍位は考え、悩み、その中でも3倍位の成果を出さないと認められない。

そういう気持ちで今まで生きてきた。それは実際にそうなのだ。ピカソに絵の才能がなかったらどうだろう?エジソンが本物の馬鹿だったら?アインシュタインにひらめきが訪れなければ?

「普通に」しているだけでは、この世界に「普通でない」人たちの居場所なんてないのだ。僕が多分世間一般と同じような大学生活を送っていたら多分就職活動なんて乗り越えられなかっただろうし、普通にしていたら会社でも誰からも評価されなかったと思う。

しかし、残念ながら「狂気と天才は紙一重」のイメージとは違い、普通でない多くの人たちは普通以下の能力しか持っていない。

普通になろうともがいて傷つけられ、人知れず引きこもるかボロボロになっていく。「普通に生きられない」ということは「普通以上の何か」がなければ平均点にも達しない。そういう人を僕も知っているし、多くの人には心あたりがあると思う。

進化と障害

人間の進化は病人が促してきたという説がある。狩猟型から農耕型に移行する時、足を怪我したり、目が見えなかったりする人と共生するためにコミュニケーションが発達したのだと。この説が正しいかは分からない。

ただ、ある種のハンディキャップを持った人たちを社会が抱合することで、社会そのもののあり方が変わっていったことは間違いがない。

僕がやりたいこと

生きづらさというのは誰しも抱えている。みんながそれなりに無理をしている。なぜ無理をするかというと「普通の」人たちに合わせているからだ。

悪いけど、普通でない人は土曜の夜に来たメールにすぐ様返信することなんて出来ないし、毎日きっちり朝6時に起きることも出来ないだろう。

くだらない冗談にも愛想笑い出来ないし、つまらない仕事であれ全力で会社のためにやることも出来ないし、志望動機を笑顔でスラスラと語れない。

そういうものは全部普通の人が決めたことだ。そして、あえて言えるならそんなことを平気で全部出来る人は少数である。人によってできることと出来ないことは違う。

だからこそ、僕がそういうものは全部引き受けるために生きているのかもしれない、と思う。つまらん仕事はサボって、やる気が無い時は休む。

くだらない質問にはくだらないと答える。笑われても仕方がない、僕はどうやらそういう風に生まれてきた。

長々と書いてしまったけど、ぼくがやりたいのは「普通」のラインを下げることなのだ。実際のところ。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。