「グレイテスト・ショーマン」の時代

監督

マイケル・グレイシー

キャスト

  • ヒュー・ジャックマン(レ・ミゼラブル)
  • ミシェル・ウィリアムズ(マンチェスター・バイ・ザ・シー)
  • ザック・エフロン(ハイスクール・ミュージカル)

あらすじ

小さいころから貧しくも夢想家のバーナムは、良家の令嬢チャリティと結婚。ニューヨークでつましい暮らしを始めて娘たちも生まれるが、バーナムは仕事が長続きせず、貿易会社に就職しても、会社の貿易船が沈没してしまい倒産、社員全員が解雇される。しかし彼は沈没した船の登録証を持ち出し、それを担保に銀行から資金を借り、世界中のあらゆる奇妙なものを展示した「バーナム博物館」をオープンさせる。だが客足はかんばしくなかった。

そんなとき、彼は娘のある一言をきっかけにショービジネスの道へと進む。小人症の男、大男、髭の濃い女、全身刺青の男、結合双生児の兄弟など、世間から隠れるようにして生きていた様々な人を集め、いわゆるフリーク・ショーのサーカスを始めたのだ…(wikipedia より)

感想

この作品は、二つの作品を下敷きにしている。


一本目は直接的なアレで、二本目は今回のテーマでもある「フリークス(奇形)」だ。
まあ、その辺についてはいろいろと検索して頂ければ分かるとして、サーカスは、ある時代まで、見世物小屋と同義だったのは史実的に正しいようだ。

この映画、一言で言うと、映画としては0点だ。ストーリーはご都合主義の上に説明不足で酷い。しかし、エンターテインメントとしてみれば十分すぎるほど楽しい。そういう話だ。

ある時代まで、見世物小屋というものは確かに存在していて、エンターテインメントとして定着していたようだ。それは極めて悪趣味ではあるが、ともかくそういう風習がきちっとあったらしい。

ところで、フリークスは、コンプレックスをさらけ出すことではじめて満足感を得るわけだが、ここは難しいところである。見世物にされずとも生きられる時代というのは、まだ遥かに先立ったからだ。本来なら、見世物ではなく一人の人間として人生を生きられたかもしれない人たちではあるけれど、それでも彼らはいきいきと輝いてみえる。

その輝きというのは、「私ブスだから」と言ってきらびやかなスタジオで笑いを取る日本の芸人さんにも少し通じる。
夜明けはまだ先なのだ。

マーケティング関連の話 ー note を三本投稿しました

今後マーケティング関連の投稿は、note に投稿していきます。

新聞社ごとのデジタル・マーケティング戦略をグラフ化して分析する|遠藤 結万|note

こんにちは。 普段、内容で語られがちな新聞ですが、今回はマーケティング的に、どのような違いがあるかについて分析していきます。 今回、分析ツールとして、SimilarWeb を利用しました。 ・このツール、あくまで推定値を表示しているだけなので、実数ではありません。時々外してます。ご容赦ください。 …

いかにして Google は検索エンジンの覇者となったのか?|遠藤 結万|note

Google は初めての検索エンジンでしょうか……?違います。では、Google は最後の検索エンジンでしょうか……?もしかすると。 Ex-Googler(Google出身者)がこういうことを言うと、随分生意気なような気もしますが、これは偽らざる心境です。 Instagram 検索や Twitter 検索などは、検索エンジンの代替機能として使われ始めていますが、今後、Google の直接的な競合が生まれるとは(いまのところは)思えません。 いかにして Google はこれほど巨大な存在になったのでしょうか?(私のおかげでないことだけは確かですが) 理由① ー 充分でなかった競

違法サイトを巡る「曖昧な共犯関係」|遠藤 結万|note

漫画に関わる海賊サイトをめぐり、DNSブロッキングなどの議論が進んでいます。それに合わせて、それらのサイトと取引のあるアドネットワークなどが批判を浴びているようです。 「二度と掛けてくるな」 ”漫画村”広告主への取材一部始終、広告は取材後に消滅 (1/2)広告元は取材に対して「二度と掛けてくるな」。nlab.itmedia.co.jp …

月下の棋士と藤井聡太六段

 月下の棋士という将棋漫画をご存知でしょうか?
 月下の棋士は森田剛主演でドラマ化もされた人気の将棋漫画で、3月のライオンが出るまでは最も人気の将棋漫画でした。月下の棋士を一言で説明すると、「無茶苦茶な漫画」です。突っ込みどころは非常に多くあります。キャラクターを使い捨て過ぎたりとか。

 しかし、月下の棋士の七巻はあらゆる将棋漫画、いや勝負事を書いた漫画の中でも最も優れたものです。この七巻だけでも買って欲しい。この七巻は、刈田升三というキャラクターがフィーチャーされています。この刈田升三、見ていただければ分かると思いますが、ほとんど升田幸三そのまんまです。ということで、別に月下の棋士のあらすじを一ミリも知らなくても「升田幸三の漫画」として読むことが出来ます。

 逆に、この刈田と大原巌(大山康晴+中原誠)を失ったあと、月下の棋士は急激に物語としての魅力を失い、迷走していきますが。

天才、升田幸三

 升田幸三という人は、「新手一生」「将棋の寿命を1000年縮めた男」と言われた、非常に革新的な棋士でした。升田式石田流の発明や、居飛車穴熊の棋譜などを見ると、間違いなく現代将棋に最も近いセンスを持った棋士だったといえるでしょう。
 七巻でとりあげられる将棋は、将棋ファンなら誰もが知っている「升田の△3五銀」(大山康晴との名人戦、いわゆる石田流シリーズ)がモチーフになっています。これは大名局の中の大名局で、将棋の歴史の中でも大山の△8一玉や中原の▲5七銀、羽生の▲5二銀といった手と並んで、衝撃的な手と言えるでしょう。

ここで△3五銀が絶妙。以下▲同角に△3四金▲同金△3五角と進めば飛角がさばける。

 第30期名人戦第3局 先手:大山康晴 後手:升田幸三
 七巻において、虚構と現実はクロスしています。刈田の姿を借りて、「作者が考える升田幸三」の将棋が展開されます。
 この構造はあの漫画に似ています。そう、刃牙とマウント斗羽、アントニオ猪狩の戦いです。マウント斗羽とアントニオ猪狩は、虚構の存在でありながら、作者の考えた馬場・猪木を投影しています。

 さて、この七巻のテーマは何か。それは、「歴史を背負った棋士」と「天才」の戦いです。

月下の棋士七巻の魅力

 七巻では、刈田升三が主人公である氷室将介と対戦します。刈田は名人を獲得した将棋の棋譜をなぞり、名人を失陥した時に辞めたはずのピースをくゆらせながら、全盛期の力を取り戻したような将棋を見せます。

 名人を失陥したときに辞めたはずのピースをくゆらせる。かっこいい(升田幸三も愛煙家として知られていました)。見開きです。作者の気合の入り方が違います。

月下の棋士 七巻より

 氷室は簡単に言えば天才です。この月下の棋士において、氷室の成長というのはほとんど見えません。最初に登場した時から氷室は最強クラスの実力を持っていました。
 修行もせず、時々おじいちゃんと指していただけで、いきなり奨励会で全勝してあっさり勝ってしまうわけですから(藤井聡太六段でも奨励会全勝は無理でした)。

 その意味で月下の棋士とは、「ゴトーを待ちながら」や「桐島、部活やめるってよ」などと同じく、氷室という一人の狂言回しを通して様々な棋士の思いや物語を書く作品だったと言えるでしょう。氷室将介の素性や生まれ育ちは殆ど語られません。しかし、刈田や大原といった対戦相手の思いや歴史は、極めて長々と語られます。
 作者は「羽生フィーバー」を見て氷室将介を思いついたと語っています。内弟子などの厳しい修行をせず、いきなり現れ棋界を席巻した羽生世代(羽生善治二冠、森内俊之九段、佐藤康光九段など)は、当時の将棋界にとって異質な存在だったのかもしれません。

月下の棋士 七巻より

「きさまなんぞに、わしらの歴史が分かってたまるかよ!!」
「あいにくだな、そんなもん知りたくねえよ!!」

 このやり取りに全てが凝縮されています。氷室というキャラクターは、ある時点まで将棋を指す理由を持ちません。ただひたすら、強く、将棋を楽しんでいるだけです。つまり、ドラゴンボールでいうと悟空です。多くのものを背負っているのはむしろライバルキャラである佐伯や、立ちはだかる壁である大原・刈田です。

月下の棋士 七巻より

 そして、運命の局面になります。刈田は、ここで▲5五金と指せば形勢が良いということを知っていました。しかし、それでも、ここで銀を取れないなら名人経験者として名折れになる。常に「魅せる」将棋を見せたかった刈田としては、ここで銀を取らない訳にはいかない。
「馬鹿をしても勝つのが強い棋士ってもんよ」
 と語り、銀を取ります。そして、その瞬間、最大のライバル大原巌が、常に自分の挑発に乗ってくれていたことに気づく。この演出が素晴らしい。

 この将棋を見ると、作者の刈田への、いや升田幸三への愛が伝わります。刈田が敗れる理由が非常に自然で、そして刈田の強さというものを書いていながら、主人公を勝たせているからです。
 月下の棋士に登場する他の棋士は、失神したり失禁したりなぜか一手詰めを逃したり、わざと負けたり、死んだりします。この七巻では、そういった理由ではなく、刈田の棋士としての誇り、意地が、着手を誤らせました。
 棋士としての誇り、歴史と思いを背負って対局する刈田と、純粋に将棋を楽しんでいるだけの氷室。最後に、その差が勝負を分けたのです。

 翌朝。残り五分になっても、刈田は便所で着手を探し続けます。(ポケット将棋盤を持ち歩いているというのが姑息でいい)

月下の棋士 七巻より

 残り三十秒、最後のピースをくゆらせながら、刈田は負けを認めます。敗北の美学というものがあるなら、これ以上に美しい負け方はないのではないでしょうか?

羽生善治と村山聖

 将棋界において、才能というのはある意味残酷です。10代20代のうちに、ある程度順位付けが住んでしまう。天才は常に天才で有り続ける世界でもあります。これは、羽生善治二冠と、故・村山聖九段の関係に通ずるところがあります。羽生二冠は主人公です。しかし、おそらく羽生さんの人生が映画化されることは、無いのではないでしょうか。羽生さんはただ強いだけなのです。村山九段は、過剰なほど多くのストーリーを背負っています。ネフローゼと戦い、ガンと戦い、それでも名人という夢を諦めなかった村山九段。だからこそ、映画たりうる、物語足りうるのです。

 NHK杯で次回、藤井聡太六段と今泉健司四段の対局が行われます。この二人は全く正反対といえます。史上最年少棋士と、史上最年長棋士。奨励会を退会しながら、夢を諦めきれずにプロを目指し続けた今泉四段と、才能だけで記録を塗り替え続ける藤井六段。この構図にも繋がるかもしれません。

羽生に村山将棋について聞いた。

「攻めが鋭くて、勝負カンが冴えている将棋。もし健康ならタイトルをいくつか取ったでしょう」と答えてくれた。「もし村山さんが健康でも、羽生さんは七冠を取れましたか」とちょっと意地悪な質問をすると、少し考えて「もし健康ならと同情されること自体彼は嫌だったでしょうね」とだけ言った。

村山聖八段(当時)の急逝が将棋連盟に伝えられた日

 思うに、物語は敗者の、弱者のためのものなのです。勝つ人はただ勝ち続ける。だからこそ、スポットライトの当たらない側にこそ、物語が生まれるのではないでしょうか。
 久しぶりの天才棋士の登場に沸く将棋界で、そんなことを感じさせる月下の棋士七巻を是非読んでみてください。

将棋が強くなる一番簡単な方法は、考えないこと

「将棋は歩から」という本を読んだことがあるでしょうか?加藤治郎名誉九段の書籍です。

 この本は、一冊丸ごと「歩」に関する本です。いや、一冊丸ごとどころではなくて、なんと全三巻もあります。加藤先生の本気を感じます。なんといっても、将棋において、「歩」は最強の駒というわけではありません。ポケモンで言うとポッポです。ポケモンの攻略本を買ったらポッポの生態系が全三巻で書かれていたら結構びっくりします。
 では、なぜこの本は、名著と呼ばれる本なのでしょうか?

将棋は歩からで紹介された手筋

なんとここでは、18個もの歩の手筋が紹介されています。

  • 前進の歩
  • 交換の歩
  • 突き違いの歩
  • 蓋歩
  • 突き捨ての歩
  • 継ぎ歩
  • 垂れ歩
  • 焦点の歩
  • 死角の歩
  • ダンスの歩
  • 単打の歩
  • 合わせ歩
  • 十字飛車の歩
  • 連打の歩
  • 成り捨ての歩
  • 控え歩
  • 中合いの歩
  • 底歩
  • 直射止めの歩
  • 面打の歩紐歩

使われているものも使われていないものもありますが、半分くらいは未だ現役です。もちろん全てを加藤名誉九段が命名されたわけではないですが…。
これほど多くの「手筋」を発明され、体系立てて書籍にされたことこそ、加藤治郎名誉九段の特筆すべき業績と言えます。

利用可能性ヒューリスティック(想起ヒューリスティック)

 本の紹介をする前に、少し前段の話をしておきたいのですが、少し小難しい話です。認知心理学には利用可能性ヒューリスティックという言葉があります。
 エイモス・トバルスキーとダニエル・カーネマンという、心理学におけるビッグネーム、二大巨頭が書いた有名な論文で紹介されています。

カーネマンは著作の「ファスト・アンド・スロー」で、こんな例を紹介しています。

 近所の人がスティーブのことを次のように描写しました。「スティーブはとても内気で引っ込み思案だ。いつも頼りにはなるが、基本的に他人には関心がなく、現実の世界にも興味が無いらしい。物静かでやさしく、秩序や整理整頓を好み、こまかいことにこだわる」。さて、スティーブは図書館司書でしょうか、それとも農家の人でしょうか? 

 当然のことながら、多くの人は図書館司書だと答えるでしょう。わかりやすいからです。手に入るあらゆる情報は彼がトラック運転手や農家よりも司書に近いと示しています。ところが、問題があります。アメリカには、司書は農家の1000分の1しかいないのです。ということで、統計的に考えればスティーブがどれほど物静かで優しかろうとも、彼は司書よりも農家である可能性が高いと考えられます。
 このように、自らの脳から取り出しやすい情報ほど、人は正しいと思いがちです。

 カーネマンの理論に従うと、利用可能性ヒューリスティックというのは非常に重要です。言い換えるなら、正しい選択の利用可能性を上げておくことで、正しい選択ができる可能性が増えるのです。

抽象化する力

 

 例えば、先日の藤井聡太六段と糸谷哲郎八段の対局におけるこの局面。終盤です。先手の藤井六段の竜が、後手の糸谷八段の玉に王手をかけています。これを、少し専門的ですが「一間竜」と呼びます。この局面で仮に金を打って王手を防ごうとしても、銀を打てば受かりません。

 この局面で、後手は金で先手の銀を取ることが出来ません。竜が王を睨んでいるので、王が取られてしまいます。ということで△9三玉と逃げますが、▲7二竜と金を取ることが出来ます。これは、プロレベルならもちろん一瞬で分かりますし、アマチュアでもある程度のレベルに達すれば、一瞬で分かる形です。
 実践も、糸谷八段はもちろん金を打たずに△9三玉と逃げましたが、最後は藤井六段が華麗な即詰みに打ち取りました。

 結局現れなかった局面ではありますが、もし、一間竜の手筋を知っていれば、我々もプロと同じような着手が簡単にできるのです。これは、ヒューリスティックを利用してより効率的にゲームを進めることが出来たという好例ではないでしょうか。手筋を言語化されて知っているケースと、知らないケースで、どれほど変わってくるか、と考えてください。

 「将棋は歩から」の実践例で上げられているのが、大山康晴15世名人と、加藤一二三九段の対局です。

 先手の加藤一二三九段の角が1一の香車を睨んでいます。しかし、「史上最強の棋士」が指した△5五歩が好手でした。
 ▲5五角と角で取ると、△5四香といわゆる「田楽刺し」(コレも手筋ですね)が決まり、▲5五飛と取ると角が成り込むことができなくなります。これが「焦点の歩」です。
 ここでも、手筋を知っていればアマチュアでも正嫡を見つけられるかもしれません。つまり、手筋を知っているだけで大名人と同じ手を打てる確率が上がるわけです。

 理研による将棋プロ棋士の脳から直感の謎を探るによると、下記のような記述があります。

最初は、うまくいかないので、いろいろな神経回路を総動員する。やがてスムーズに処理できる神経回路が特定領域にできていくと考えられます。直感=小脳の予測という仮説でいえば、より精密な予測が可能な内部モデルができることに相当します。

 自分の中の手筋(言語化出来るものも出来ないものも含めて)を、プロは作っていると考えられます。

 冒頭に述べた「将棋が強くなる一番早い方法」は、このような「手筋」「形」を覚えることです。要は、考えなければ良いのです。考えなくてもわかるレベルまで手筋を覚えておけば、好手の引き出しが増え、その引き出しが増えれば正しい選択をしやすくなります。
 もちろん、将棋はそれだけで勝てるほどカンタンなものではありませんが、「考えなくて住む局面を増やす=形として判断できる局面を増やす」事ができれば、勝てる確率が上がるというのは決しておかしな話ではありません。
 正しい手を指すことを心がけるのではなく、引き出しを増やすことを心がけること。これが重要です。加藤治郎名誉九段は、まさにそのような「歩の引き出し」を体系化し、全三巻も書けて記載しようとされていた点で、特筆すべき研究者であったと呼べるでしょう。
 

おすすめの手筋本

寄せの手筋本、むちゃくちゃ有名ですが超おすすめです。

加藤一二三九段について思うこと

 

人生とはわからないものだな、と思う。

朝起きてテレビをつけると、自分が将棋を始めた時は、孤高の人、変人、頑固者、孤独な大棋士であった加藤一二三九段が、楽しそうにコメントをしている。

河口俊彦氏が、あるいは真部一男氏が存命なら、この空前の「ひふみんフィーバー」に何を語っただろうか。

加藤一二三九段という棋士を、将棋を知らない人はどう思っているのだろう。
神武以来の天才。史上最年少棋士。それはもちろん、間違っていない。

「加藤一二三九段は強かったの?」と聞かれれば、迷うこと無く「強い」と答える。それでも、そこにいくばくかの含みは残るはずだ。あれ程の大棋士でありながら。

大棋士、加藤一二三

成績だけを見れば、加藤九段の成績はこうなる。

  • 2505対局(歴代最多)
  • 1324勝(歴代三位)
  • 1180敗(歴代最多)
  • A級順位戦 149勝(歴代最多)
  • A級在位 36期

 

  • タイトル獲得合計8期(歴代9位)
  • 六人目の実力制名人
  • 歴代二位のNHK杯優勝など、棋戦優勝23回

堂々たる成績だ。歴史に残る棋士と呼ぶにふさわしい。
また、加藤流袖飛車や加藤流棒銀、加藤流矢倉など、「加藤流」と名のつく戦法は多数あり、60年間の現役生活の中で、数々の定跡の発展に多大な貢献をしたことにもまた、触れて置かなければいけない。

タイトル獲得数だけではなく、長きに渡ってトップクラスの実力を維持し、60代に至るまで棋界の最高位であるA級順位戦で戦い続けたことは、特に驚くべきことだ。

しかし、それでも。神武以来の天才と呼ばれ、「名人に角を引いた男」升田幸三の後継者であり、20歳で名人位に挑戦した「神武以来の天才」加藤九段にかけられた大いなる期待は、この偉大な実績以上だったのかもしれない。

「史上最強の棋士」大山康晴の時代を打ち破り、加藤時代を築くこと。それが、加藤九段に期待されたものだったのだから。

結局、「加藤時代」は来ることがなかった。加藤九段は、常に二番手、三番手であった。だからこそ、冒頭の「加藤一二三は強いのか?」という質問には、いつも僅かな含みが入る。
加藤九段は、ついに咲かなかった花なのだろうか?いや、そうではない。加藤一二三九段が、最強の棋士であった瞬間は、たしかにあった。

加藤一二三、満開の春

1982年。加藤九段が初めて名人に挑戦してから、22年の時が過ぎていた。神武以来の天才も、既に42歳。中堅の棋士であった。

加藤一二三十段(当時)は、名人、中原誠に挑戦する権利を得た。中原名人は、既に永世名人の称号を獲得。大山康晴十五世名人の後、最強の棋士として君臨していた。

名人戦は中原名人有利。残酷ながら、それが42歳になってしまった「天才」加藤一二三九段への評価だった。

昭和57年7月30日。第40期名人戦は将棋史上最も拮抗したタイトル戦となる。大熱戦のまま、史上初の第十局にもつれ込むと、最終局は中原名人有利のまま進んだ。

ギリギリの混戦の中、加藤十段は時間を使い切り、秒読みとなる。詰みを発見できなければ負ける。しかし、まだ加藤十段は発見していない。痛いほど静まり返る控室。

時間が一秒一秒なくなってくる。その瞬間。

加藤一二三十段の手ははっしと持ち駒の銀をつかむと、敵陣にいつものような高い駒音で、その銀を打ち付けた。

▲3一銀。その瞬間、将棋の神様は、一瞬だけ、孤高の天才に微笑んだ。加藤十段がギリギリの中で発見した詰みだった。タダで取れる金を無視しての銀打ち。中原名人は次の手を指すこと無く投了を告げた。

「老師」河口俊彦七段はこのように記している。

加藤にあれほどの才能を与えた将棋の神様が、一度だけでも名人にしてやろうと思ったのだろう。

加藤一二三十段は、二十二年越しで棋界の最高位、名人位を獲得。十段と共にタイトル二冠となった。名実ともに加藤十段は「最強の棋士」になったのだ。

加藤一二三、四十二歳。遅咲きの満開だった。

引退にそえて

加藤一二三九段が引退会見「名局の数々を指してきました」63年の棋士人生に悔いなし(全文)

投稿日: 約63年間に及ぶ現役生活にピリオドを打った将棋の加藤一二三九段(77)が6月30日午後、東京・千駄ケ谷の将棋会館で引退後初の記者会見に臨んだ。 会見した加藤一二三九段=6月30日午後、東京・千駄ケ谷の将棋会館 …


とあるテレビ番組で、加藤九段の奥様が、加藤九段を「桜の花びら」に例えていた。
千駄ヶ谷の近くにも、桜の木が植えられている。桜の花が咲くのは一瞬だが、その一瞬が人の記憶にいつまでも残る。

加藤一二三九段は、散ってしまった桜の木かもしれない。それでも、花は、確かに咲いていたのだ。見事なほど満開に、誰が見ても美しく。誰もが立ち止まってしまうほどに。

そして、その満開が一度でもあったかどうかは、きっと僕らの人生においてとても重要な事だと思うのだ。
将棋を知らない人にこそ覚えていて欲しい。あの昭和五十七年の七月、「名人」加藤一二三は確かに、最強の棋士だった。

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